私のこと

夢中の効能。自己犠牲の勘違い。

こんにちは、羽山香苗(kanae.life)です🎀

私は大の猫好きで今も2匹の猫と暮らしているのですが

そういえば、こっちのブログであんま猫のこと書いたことないなと思いまして。

猫を飼う上で大切なことは別ブログで書いているんですが

今回猫を通した気づきがあったのでこちらで書いています。

一生懸命になりたかった私

今私は2匹の猫と暮らし、実家には4匹の猫がいます。

つい先日まで5匹で

19歳の猫が旅立ったばかり。

旅立つ前、2週間くらい全く食欲がなく

ケアをするために実家に通ったり、最後の1週間くらいは泊まり込みでした。

毎日毎日、「明日の朝は生きているかな」って穏やかな日々ではなかったけど

不思議と元気に満ち溢れていた。

その時気づいたんですよね。

私、何かに一生懸命になりたかったんだな、って。

ここ半年くらいずっとなんだかくすぶっていて。

ブログでも書いていたけど、

動きたくても動けなかったり。

私がずっと退屈でも動けなかった理由。自己否定も自分責めもへってきて、本当にラクになってきた。 安心して毎日も過ごせるようになったけど、なんか退屈。 穏やかなんだ...

だけど、大切な猫のためなら家族のためなら

自分の時間が全然なくても平気で

面倒くさいとかそんなものは一切なく、やることができた。

その時考えうるケアは全部できた。

私は昔、アトピーがすごく悪化した時に

ビワの葉温灸にめっちゃ助けられたんですね。

これね。

実家には大きいビワの木があるから葉っぱはたくさんある。

食べられなくて、最後の1週間は水も飲めなかったから

本当に辛そうで。

でも、ビワの葉温灸をしてあげると酸素がまわるので

身体も温まるし、少しリラックスした様子だった。

それが嬉しかったんですね。

私は昔から好きな対象には面倒みがいいし

自分を置いてでも何かができる。

でも、ある時自己啓発を歪んだ形で捉えてしまったんだろうね。

献身的なその姿勢」を自己犠牲だと思い

自分を大切にしなくては!と自分のことばっかりやるようになった。

その期間ってあんまり気力も湧かなかったし、なんか元気もありませんでした。

誰かのために何かをすることを「自己犠牲」と決めつけ

「自己犠牲してたら幸せになれないよ!」

という思い込みにつながったんだな。

自己犠牲、っていう言葉尻だけを受け取り、

全然本質を見ていなかった。

私はね、嬉しかったんです。

喜んで大切なもののために自分を捧げられたことが。

女性にはこういう性質があるんだ。

母性、ってそういうことじゃない?

誰かのために何かできる喜び

猫3年前の写真。16歳には見えないな。

私は大切なもののために命をかけられるけど

それをなんか人の目気にして

「偽善者ぶってる?」

って思ってたんだな。

自分を大切にする、って

自分をいつも最優先にすることじゃない。

自分なんか置いておいて

喜んで誰かのためにしたい時だってある。

今回の猫のケアでは、夜通しっていうことはなかったけど

もしそれが必要なら私は喜んでしていた。

人って本来

もらうより、与える方に喜びを感じる生き物。

私は今子供がいないけど、

お子さんがいる方もそういう感覚って感じているんじゃないかな。

自分自身を含め

  • 大切なもの
  • 大切なこと

のために一生懸命できる自分でありたい。

そう感じる出来事でした。

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