こんにちは、羽山香苗です( ・∀・)ノ
引き続き、絶賛自分と向き合い中です。
やっぱりお金の問題って自分の内面を如実に表すんですね。
逃げていたことにも向き合わされる。
私は自分の人生からずっと逃げていたのかもしれない。
自分で自分を幸せにする覚悟がなかった。
他人任せだった。
今に意識を向ければ、何の問題もない
先月から、クレジットカードの支払いが厳しくて悩んでいた私。
先月は親に借りてしのぎました。
私、今月は体調が悪かったりで全然ビジネスしていないので、お金もありません。
この大きめの支払いは今月入れてあと3回。
カードローン系はもう借りられないので、借りるとしたら親か友達しかいません。
でも、心なしか先月よりは気持ちは落ち着いています。
今に意識を向けて、「今は何も問題ない」って言いきかせたからです。
クレジットカードの支払いに遅れたら死ぬ!くらいに思ってたけど、
そんなことないかも。
遅れてもどうにもならないとしたら?って考える余裕はあって先月ほど不安はなかった。
でもさ!
支払いはしないといけないわけです。
自分でどうにかする気もなく、気にしないのはおかしいじゃない?
その現実の無視の仕方は違うよね。
確かに借金作ったのは過去の私で、その現実に縛られて悩む必要はないけど、
借りたものは返さないとね!
旦那さんは働いてくれているけど、生活費でいっぱいで返済にあてる余裕はないのが現状。
それでも働こうとしない私に旦那さんは激怒です。
私は敏感で集団の中で自分らしくいるのは難しいと思って個人事業主になろうと思いました。

でも、自分ビジネスだけでは回らず、働きに行かないとダメな状況になって思ったこと。
もちろんゆくゆくは、自分ビジネスだけで回したいけど、
現状自分を安心させるためには、パートと二足のわらじを履いていた方がいい。
自分との信頼関係が薄い私が、稼げる自分を信じてやってみてもいいけど、
急に今までの3倍の売り上げとかは難しい。
ここは安心して自分ビジネスができる環境を作ってあげることが優先。
だから、しばらくはどこかでパートする!
決めたけど、不安も一気にやってきた。
私が私を守る、という覚悟
パートをしないとダメだって状況になり、その不安を見つめてみて分かったこと。
私、自分で自分を守る覚悟が全然足りなかった!
私が外で働くことの何が怖いかと言うと。
- 雇われたら従わないといけないという思い込みからの怖さ
- 嫌な感じの人がいた場合、意見を言えないかもということ
- 断るのが苦手で、自分に無理をさせるかもという不安
私、断ることや嫌です、って言うのがまじで苦手なんです。
「こうしたい」は職場でも言えるんだけどね。
これらの怖さって結局、私が私を守れないって思い込んでいるからのこと。
私は無力だって思っているからのことだよね。
それに加え、誰も助けてくれないって思ってるよね。
トホホ・・・😢
こうやって書き出してみると、それらは幻だってわかりますよね。
例え雇われている状態でも、断ることって可能だし、本当に嫌だったら辞めればいいだけの話なんだけど。
でも、私はそんなのダメだろ、って謎の責任感?を持っていた。
働いたら、ある程度の期間はいないとダメでしょ、とか。
バックれてもいいんですよ、本当は。
うちの旦那さんは何回か仕事をバックれたことがあるので、本当すごいなと思います。
嫌だ、行きたくないっていう自分を守った、ってことでしょ。
まあ、もうちょっと前に動いてやれよ、って話ではあるけどね。
守れない、っていう思い込みの底にあるのは、
やっぱり「無力感」
私が私を守ってあげなくて、誰が私を守ってくれるんだ!
私にはこの状況は変えられない。
自ら選択し、この世界を作り出していることを忘れている。
創造主であることを思い出すために
最近、HappyちゃんのDVD見直してます。
私は色んな所で、この「無力感」が出てくる。
まあ、根強くあるわけです。
だから、意識的に「創造主であること」を思い出す時間を作ることにしました。
Happyちゃんが以前瞑想の時に流していた、エイブラハムの「創造のプロセス」という動画。
私はその動画を見ると、自分の力強さをすごく思い出すことができるので好きでした。
加えて、Happyちゃんが力強さを思い出す言葉を読んでくれているものがすごい好きだった。
で、探した。
それも、その「創造のプロセス」の部分だけを抜粋したもの!
これをほぼ毎日聞いています。
こういったものに触れる時間を作らないと、自分はこの世界の創造主だってことをすぐ忘れる。
忘れて、人間ドラマに没頭してしまう。
創造主だということを思い出し、俯瞰し、今の現実を見る。
今の感情と向き合う。
これがすごく大事なこと。
私は今回、自分の奥底に根強くあった「無力感」に向き合わされた。
今までこれを避けてきたんだろうな。
だから、起業できなかったんだと思います。
昔よりは自己受容もできているし、自分を認めることもできる。
見たくないその闇にはきっと、大きなギフトが隠れている。