後者×ふーん族【心屋】

普通のことが普通にできない自分にずっと劣等感があった私

普通のことが 普通にできない

私はずっと普通のことが普通にできない劣等感を抱えていました。

こんにちは、羽山香苗(kanae.life)です🎀

社会になじめない「社会不適合者」だとも思っている。

この記事では

  • 普通に生きれない私の
  • いかにできないか

をお伝えしています。

人と同じことができない私の性質が、誰かの肩の荷をおろすきっかけになれば嬉しいです。

普通のことが普通にできなかった私

まずは、私の「普通にできない」具体例をあげてみます。

  • 納得しないと動けない
  • 我慢できない
  • 無理できない
  • 人の言うこと聞けない

私は高卒で大学に行ってなくて、正社員に一度もなったことがありません。

なろうと思ったこともありません。

というかですね

私、高校卒業してから35歳で結婚するまでの16年間

働いていた期間って10年間くらいなんですよ。

かなえ
かなえ
それ以外は実家で家事手伝いとう名のニートだな!

3年間くらいはホメオパシーを勉強していた時期もあるけど。

特にね!

納得しないと動けない性質は、組織で働く上では難しい。

だって、そもそも実家にいるんだから

  • お金を稼がないと食っていけないわけではない
  • その会社でないといけない意味もない

だから、辞める。

一番長く続いたバイトで、2年半くらいかな。

私、まず

「えらい」という概念がないんです。

だって、「えらい」って主観でしょ?

店長とか上司は役割の違いなだけで、

この人の言うことは絶対だ、っていう考えもない。

普通に人として対等だと思っているんです。

かなえ
かなえ
文章で書くと、なんかえらそうだな!

 
だから、上司に言われたことでも

そこに納得できる理由や、その行為によるメリットを私が感じなければ動けません。

まあなんて、えらそうなのかしら!

人を動かすにはそれ相応の理由が必要でしょ?

ってことです。

いくら組織に所属していたとしても、奴隷じゃないんだから

言葉で説明するのが筋だろう、と思っている。

これはきっと、育った家庭環境もあるんでしょうね。

私は親に

  • 勉強しなさい
  • 〇〇しなさい

って言われたことがないんです。

もうそれはね!自由に伸びの~び育ちました。

先生に怒られた記憶もない。

普通に生きるもんだと思っていた

普通の人生
子供の時、私はみんなと同じように普通に生きていくもんだと思っていた。

高校を卒業したら、大学に入って

どこかの企業に就職して、30歳くらいで結婚して

子供を産んで・・・みたいに。

でも、私は大学に行かなかったから、そこからもう崩れていったんです。

私は高校の卒業式で思ったことを今でも深く覚えている。

私の人生、終わった。

大学とか短大、専門学校に行かなかったことで

普通のレールからはずれてしまった、って思ったんだろうな。

高校の時、仲良かったグループが5人だったんですが、その中で進学しなかったのは私だけなこともあったし。

目の前が真っ暗になって、絶望したことを今でもよく覚えている。

人にも組織にも合わせられない私

今の日本の社会ってどう考えても、前者的だと思うんです。

前者後者のことはこちら。

「前者・後者」論
心屋仁之助さんの前者後者論で救われた後者の私の話心理カウンセラーの心屋仁之助さん(以下、仁さん)をご存じですか? こんにちは、羽山香苗(kanae.life)です🎀...

私は旦那さんと深く関わることで、またこの本 ↓を読むことで前者の人が言っていることと、自分の視点や考えに違いがあることがわかってきました。

うちの旦那さんは後者だと思うんですけど

前者アプリが結構積めた人なので、前者的な部分も多いのです。

私は本当、「人に合わせる」ってことができないんです。

自分にとって、どうでもいいこと・そこまで大切でないことは合わせられます。

でも、大切なことは本当に合わせられない。

組織で働いている時に、そういえば言われたことがある。

  • 普通こうするよね?
  • みんなこうしてるよ?

そう言われて、私が思うこと。

だから、何?
 
真顔 真顔 真顔

  • 「普通」はあなたにとっての普通ですよね?
  • みんながしているからって、なぜ私もしないといけない?

この2つの疑問はね、

旦那さんとの間でもよく思っていたな~。

「自己チュー」で怒られる人 「気にしい」で疲れちゃう人に書いてあったけど

前者の人は、「個人が社会の一員の一人として参加する」意識が強いんですって。

前者は「個人が社会の一員の一人として参加する」という意識が強く、個人は後です。

社会というゲーム画面や箱ありきで、そこにプレイヤーがなんらかの役割を持って参加するイメージです。

この意識だから、前者の人の方が人や組織に合わせやすいのかなって思う。

後者の私はまず「個人ありき」です。

個人が先。

個人の集団が社会。

何を持っても、私の幸せが一番!くらいに思っている。

そりゃ、合わせられないわ。

大切なパートナー相手なら、自分にとって大切なことでも

  • 合わせる努力
  • 歩み寄る努力

はしますよ。
これができるようになったのも最近かもしれないけど・・・。

これ、書くのも私には結構抵抗あったんですよ。

だって、文面だけ見たらどんだけ「自己チュー」やねん!って思えるでしょ?

まあ、上の本のタイトルにも後者は「自己チュー」って書いてあるけどね!

社会に寄せよう
前者に寄せよう

この意識があるうちは、後者の人は安心して自分らしくいられない。

自分を変えようってしているわけだし。

もう、私は「自己チュー」を認める!

まとめ

結局は

社会のスタンダードを
前者にとってのスタンダードを

できないことに生きづらさを抱えていたんです。

そりゃ、できないわ。後者ですもの。

本当「前者・後者」の概念は特に後者を救う。

こちらの本もおすすめ。

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